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福岡高等裁判所 昭和30年(う)429号 判決 1955年6月14日

主文

原判決を破棄する。

被告人中村善雄を懲役四月、被告人倉田辰男を懲役三月に処する。

但し被告人両名に対し本裁判が確定した日から各一年間右刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。

公訴事実中暴力行為等処罰に関する法律違反の点については被告人両名は何れも無罪。

理由

弁護人諫山博の陳述した控訴趣意は記録に編綴されている同弁護人並びに木原津与志連名で提出の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

同控訴趣意書第一点(事実誤認及び法令適用の誤)並びに第二点(犯意なく期待可能性がないとの点)について

しかし原判決が挙示する関係証拠に徴すると判示各事実はいづれもこれを認定し得られるところで、論旨に指摘する証拠によつても右認定を左右するに足りない。そして被告人倉田辰男が判示第一の(一)の如く判示労働組合員多数と共に職員クラブ奥六畳の間から判示鉱業所の奥副長の腕を掴んで同人が峻拒するにも拘らず、同クラブ大広間に連れ出した行為、及び被告人中村善雄が判示第一の(二)の如く同組合員等により前示の如くにして奥六畳の間から連れ出され、前示大広間の組合員等多衆の面前に坐らせられた同鉱業部松原所長以下の幹部に対し、他の組合幹部と共に相対峙して座を占め、一般組合員が罵詈雑言を浴せて気勢を揚げ、喧騒する状況裡に、鉱業所幹部が当日その所在を晦ましていたことについて詰問しこれに返答しないからとて組合員を指図して多数組合員と共に立上り数分間ワツシヨワツシヨの掛声諸共床を上下に烈しく動遥せしめる強烈な足ぶみをして、坐つていた同人等に危儉を感ぜしめる程の振動を与え、さらに満足な回答がないと憤激した一般組合員の間から「七坑に連れて行け」「洗心館に連行せよ」との声に応ず他の組合員等と共に同鉱業所松原所長の腕を掴んで強いて同クラブ玄関迄連れ出した行為はいづれも多衆の威力を示して共同して暴行をなしたものであり、次に被告人両名が、互に意志連絡の下になおも鉱業所幹部がその所在明確にしなかつたことについて謝罪せしめようとして判示第二の如く手足を取つて強いて三輪車に積み込まれた右幹部四名(松原、奥両名及び天辰勤労課長、宇田所長附)を多数組合員によつて同所より約千五百米離れた山上に孤立する組合専用の洗心館に運搬する暴行をなした上、同日午後七時三十分頃から一般組合員及びその家族等数百名が包囲し、喧噪する状況下において謝罪を要求し、ついで同人等の意志に反し一方的に労働強化、保安法違反等の問題を提示して翌日午前一時三十分頃に至る迄鋭く追及し、執拗に配置転換の撤回方を迫つた行為は、鉱業所幹部四名のその意志に反して同館内に留め置き以て不法に監禁したものであると認定するに十分であり、記録を精査しても右認定を覆すに足りる証拠は見当らない。それで本件所為が争議中の労働者の組合活動として正当な範囲内の行為であるから、違法性がないとの所論について按ずるに、憲法は全ての国民に対する自由権財産権等の基本的人権と共に勤労者に対する、団結権、団体交渉権、その他の団体行動権を保障しているが、この保障も勤労者のかかる権利の無制限な使用を許容し、これが国民一般の自由権、財産権等の基本的人権に対し絶体的優位を占めることを認めた趣旨ではなく、只一般の自由権や財産権と雖も勤労者の団体行動権のため或る程度の制限を受けることあるは已むを得ないところとするものであつて、その限界は公共の福祉と社会通念に求むべきであり、従つて、労働組合法第一条第二項は労働組合の団体交渉その他の行動も同法所定の目的達成のためになした正当な行為に限り、刑法第三十五条の適用があるとするのであつて、労働組合の団体行動については暴力の行使がなされたような場合までもそのすべてが正当化され、常に違法性がないものと解すべきでないことは原判決に説示するとおりである。もとより前示法条に規定する正当なる行為であるか否かについては、労働組合の争議行為が労働者の組織的生活利益を守るための必要に出たものであつて、本質的には利害相反する労使両当事者間における実力斗争であることの理解に立つて判断されねばならないことは言を俣たないけれども、これはあくまでも社会通念上許容されるものでなければならないのであつて、即ち当該争議の動機、目的、手段、方法について正当視せられるものでなければならない。これを本件についてみるに、被告人倉田の前示の職員クラブにおける奥副長を大広間に連れ出した行為、及び被告人中村の前示の大広間に連れ出された鉱業所幹部四名に対し、危儉を感ぜしめた行為並びに松原所長を同クラブ玄関迄連れ出した行為、さらに被告人両名の同幹部四名を前示の如く洗心館に運搬して該場所に数時間留め置いた行為は後述するように被告人所属の労働組合団体行動中の所為であり、同組合の配置転換反対斗争には是認し得られる理由があつて、職員クラブに押しかけたことに相当の事由があつたとしても、右職員クラブにおいては暴力を行使して相手の身体、自由を拘束したものであること、また洗心館においては叙上の事性に加えて組合の当面の問題を提示して回答を求めようとしたものであるとしても、相手方の納得のもとに平穏な情勢裡に其の秩序ある方法で行われたものでなく、暴力を行使して相手の自由に重大な拘束を加えたものであることがいづれも明らかであつて、ともに社会通念上許容される限度を逸脱したものということができるので、労働組合の団体行動として正当なる行為というに由なく違法行違と認めねばならないことは前に説示したところから明白である。なるほど所論のように労働組合の団体交渉権の行使により相手方に或る程度の強制を伴うことあるは避け得ないところで、相手方は正当の事由なくして一方的にこれを拒否し得ない筋合であり、そうして被告人等は洗心館において鉱業所幹部に茶を出し、食事を与え、煙草を買与えたのみか、右幹部も別室協議を数回開いており、同所から脱出しようとした気配はなかつたし、同人等の脱出阻止のため暴行、脅迫が加えられた形跡もなかつたことが窺われるけれども、団体交渉を拒否し、又は納得のいく事由がない限り、之を中止して退去することができないのはその交渉が正当と認められる場合において始めて云いうることで、前述のごとく暴力により鉱業所幹部を拉致した上で、且つ同館における組合員等の言動その醸し出された不穏な情勢下においてなされた団体交渉は到底正当なものとは云えないのであつて、それにも拘らず、右幹部が退去しなかつたのは右の如き組合員等は一連の言動及び情勢が右幹部に強い心理的影響を与え、同館から脱出を欲しつつもあえてこれをなす気力と機会を持ち得なかつたことが推測されるのみならず、被告人両名及び他の組合員等も当時満足のいく回答を得ない限り同館から幹部四名の退去を許さない意図であつたことの認められる本件においては、被告人等に不法監禁罪の成立することを否定する事由となし得ない。なお同館の周囲に監視員を置いて厳戒したことが被告人等の指図に出たものでなく、またそれが第三者の介入防止等の意図をも包含したものであるとしても、組合のデモ其の他の団体行動に監視員を置くことは通常であつて、当日同館においても監視員が配置されていることを被告人等は認識していたことが記録上窺い得られないではないのであるが、叙上の点は被告人等の不法監禁罪の成否に影響を及ぼすものではないから論旨を採用し得ない。

次に所論によれば、本件が被告人等において組合幹部として行動している過程における出来事であり、且つ組合の組織的な運動としてなされたものであるから、その大衆の動きに行き過ぎがあつたとしても被告人等に犯意はなかつたし、その統制不充分について責任があるとしてもこれを全面的に中止させることは不可能な状況にあつたので、刑事責任を負う理はないというにある。それですすんで被告人等の本件所為について犯意並びに期待不能性の有無を検討するに本件記録及び原裁判所において取り調べた証拠について考察すると、

(一)  本件の発生した時期は被告人中村が組合長、同倉田が労働部長をしていた判示三菱鉱業株式会社新入鉱業所七抗の労働組合は、昭和二十八年七月以降に行われた同会社の企業合理化に基き希望退職者募集の申入に対し、会社と同組合の上部組織との間に締結された協定に従つて二百五十一名の退職者を出したのであるが、右協定に際してはこれにより労働強化を図り、或いは労働条件の低下を意図しないことが確約されたにも拘らず、同年十月初旬に至り同鉱業所が新入七抗々員百十三名を鞍手抗に配置転換する計画を発表したため、これが新入七坑の労働強化並に労働条件の低下を招来し、前記協定に違反するものであるとして反対の態度を示し、配置転換の撤回を求めて斗争に入り、他方日本炭鉱労働組合の指令に基く従来の保安遵法斗争を強化して強力な斗争を展開し、遂に同月九日から十一日迄八十二時間ストを決行し、その最終日たる同月十一日中に組合代表者から鉱業所に対し、明十二日以降部分スト、指令ストを行うことを申し入れ、正式文書を十二日に持参する旨告知して争議中であつたこと。

(二)  右配置転換に対しては組合側の反対斗争に相当の理由があつたが、容易に妥結を見るに至らず、保安問題も組合側としては急速な解決を要望する事情にあつたこと。

(三)  本件当日の正午過頃被告人等は争議行為通告書を手交すべく鉱業所事務所に赴いたところ、前日その旨を予定してあつたにも拘らず、幹部の姿が見えなかつたので、その態度に強い不満を感じ所在を求めて直方市に赴き数ヶ所を探索したが発見し得ず、夕刻に至り組合からの連絡によつて急ざ引返して組合幹部や当日デモを行つた一般組合員及び日本炭鉱主婦協議会員等多数が同様に憤慨して押し寄せていた前記職員クラブに到着したもので、被告人等の意図は同クラブにおいて鉱業所幹部に対し、組合員多衆の面前で該通告書を手交し、且つ幹部の当日の逃避的不誠意な態度を詰問し、謝罪せしめることを主眼としたものであること。

(四)  同クラブに於て鉱業所側は組合代表者のみの入所を求め、被告人等の欲するように鉱業所幹部が組合員等多衆の面前に出て応答することが望めなかつたため、興奮した組合員等の盛り上る勢に引きずられ被告人等は多数組合員等と共にクラブ内に入り鉱業所幹部の居合せた同クラブ奥六畳の間に至り、判示のごとく同人等を大広間の多衆の面前に連れ出した後喧噪する状況裡に該通告書を松原所長に手交し、所在を明確にしなかつたことを詰問し謝罪せしめようとしたが意の如く松原所長の卒直な弁明及び遺憾の表意が得られなかつたことから組合員はいよいよ激昇し、自づとワツシヨイワツシヨイをやろうとする空気が現われたので被告人中村が指図して判示のような床の上で足踏をするに至り、さらに追及するも満足な回答が得られなかつたことから、一般組合員が更に騒ぎ出し「七坑に連れて行け」「洗心館に連行せよ」との声がおこるや同被告人はこれを阻止するも無駄であると思惟し、自らも他の組合員と共に松原所長を玄関迄連れ出したが、他の組合員等によりその余の幹部が乱暴にも手足を捕え胴を持つて担ぎ出されるのを見てこれを制止するに努めたものであること。

(五)  本件所為のうち判示第一の各行為により相手方に加えた危害及び自由抑圧の程度が左程に高度のものとはいえないことがいずれも明かであり、右の諸事情に加えて一般に労働組合の白熱化した争議中においては組合員が興奮し、感情の激しい勢の赴くところ、それはもとより好ましからざる不幸なことではあるが、ある程度の暴力沙汰は往々にして起り勝ちなことであること等を参酌して、被告人両名の職員クラブ内における行為を判断すれば、前叙の如き主観的、客観的諸条件の下に被告人等に対しまたこれと同様の立場における何人に対しても、右の如き所為に出でないことを期待することは可能であるとは認め難く被告人等に責任を負わしめることは相当でないと解するので、判示第一の各所為につきその責任を阻却すべき事由があるものと認める。しかしながら被告人等の判示第五の所為については前に説明したとおりであつて、所論の諸点を参酌しても被告人等に本件所為に出てないことを期待することが不可能であつたことを首肯せしめる合理的事由は記録上見出し得ない。

それで原判決が第二の所為について不法監禁罪の成立を肯定し被告人両名の有罪を認定したことはまことに相当であつて、原判決には所論のごとき違法は存しないから此の点に関する論旨は何れも理由がない。しかし第一の各所為について暴力行為等所罰に関する法律第一条第一項の罪の成立を肯定し、被告人等の有罪を認定したのは結局責任阻却事由の存することを看過した誤りがあることに帰着し、その違法は判決に影響を及ぼすこと明かであるから論旨は理由があり、原判決はこの点において破棄を免れない。

同控訴趣意第三点(刑事訴訟法第三百三十五条第一項違反の点)並びに第四点(事実誤認又は理由不備乃至理由喰違の点)について

論旨のうち判示第一の(二)の事実に関する部分は原判決の判文自体により所論のごとき違法、不当がないことが明白であるのみか、当裁判所は前点において説明したとおり認定するので、この点に対する詳論の要はないものとする。そして判示第二事実に関しては原判決は前に説示したとおり、被告人等が共同して多数組合員と共に判示のごとく鉱業所幹部四名を洗心館に運搬した暴行が監禁の手段としてなされたものであつて、これに引続き同館内において被告人等を始め一般組合員により醸し出された喧噪を極めた情況下に右四名の意思に反し、一方的に話合を進め回答を迫り、同人等をしてその場から立ち去ることを得しめなかつた経過を併せてその監禁が不法なものであることを判示した趣旨であること、判文自体により明白であり、しかも被告人中村が職員クラブにおける詰問を続行し、当面の問題についても回答を求めるため、鉱業所幹部を洗心館に連行するは已むを得ないことと思惟して、被告人倉田と意を通じ組合幹部や一般組合員により同人等を洗心館に運搬することを認容して拉致せしめたものであることは原判決に挙示の証拠により認め得られるところであるから、原判決の説示にその経過的事実と構成要件該当事実とが不分明であり、且つ監禁の不法手段について明示するところがないとの所論は当らず、また被告人等の責任の帰属について明瞭を欠くということもできない。

それ故原判決には第二事実について所論のような違法があるというを得ないから、論旨は何れも理由がない。

そして当裁判所は本件記録及び原裁判所において取調べた証拠により直ちに判決することができると認めるので、刑事訴訟法第三百九十七条に創り原判決を破棄した上同法第四百条但書に則り更に裁判をすることとする。

そこで原判決が確定した判示第二事実につき法令を適用すると被告人の所為は各刑法第二百二十条第一項、第六十条に該当し、右はそれぞれ一個の行為で数個の罪名に触れるから、同法第五十四条第一項前段、第十条に則りいずれも犯情の最も重い松原喜鶴に対する罪の刑を以て処断すべく、その所定刑期範囲内において被告人両名を各主文の刑に処し、なお情状に照し同法第二十五条を適用し、被告人両名に対しいずれも裁判確定の日から一年間その刑の執行を猶予すべく、原審における訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項、第百八十二条に従い被告人両名をして連帯して負担させることとする。

なお本件公訴事実中被告人両名が昭和二十八年十月十二日午後五時三十分頃福岡県鞍平郡剣町所在三菱新入鉱業所職員クラブにおいて争議通告書を手交し、且つ鉱業所幹部が所在を明確にしなかつたことの謝罪を要求せんことを企図し、他の組合幹部並びに一搬組合員数十名と共に奥六畳の間に立ち入り、被告人中村は同鉱業所長松原喜鶴の腕を被告人倉田は同副長奥高春の腕をそれぞれ抱き込み同人等が拒否するにも拘らず、強いて一般組合員等百数十名待機中の同クラブ広間に拉致して組合員多数の面前に坐らせ、更に他の幹部二名も同様に拉致し来り、他の組合幹部と共に相待峙して座を占めた上、他の組合員等と共同して一般組合員等が罵詈雑言を浴せ気勢を揚げ喧噪する情況裡に同日七時頃迄の間執拗に「何処にいつていたか」等申向け、或は全員一斉に立ち上り松原所長等の周囲を掛声諸共に強く足踏する等の方法により、同人等が謝罪しないときはその身体に如何なる危害を加えるやも計り難い気勢を示して脅迫し、且つ一般組合員等の「洗心館に連行せよ」との要請に応じ同人等が峻拒するに拘らず、その両腕を扼し、或は手足を取り一旦表玄関附近に担ぎ出し続いて前期広間に担ぎ込み、更に再び同人等の手足を取つて表玄関に担ぎ出して待機中のオート三輪に投げ込む等の暴行を加え、以て多衆共同して松原所長外幹部三名に対し暴行脅迫を加えたとの点は罪とならないこと前に説示したとおりであるから、刑事訴訟法第四百四条、第三百三十六条に則り被告人両名に対しそれぞれ無罪の言渡をなすべきものとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 筒井義彦 裁判官 柳原幸雄 岡林次郎)

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